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奈良へ vol.8 奈良編 (2012/05/02)  

さあ、奈良旅行もいよいよ最終日。
この日の夕方には新幹線で私の実家の静岡に向かいます。

・・・と、なんとこの日は朝から雨。
しかも風も強くて肌寒い。
着いた日は30℃を超す夏日だったのにね。
まあ、仕方ないので、傘をさして最後の奈良散策に出発です。

今日も駅でバスのフリーパスを購入し、
まずはバスにて東大寺へ。



↑東大寺南大門
天平創建時に建てた門は平安時代に大風で倒壊し、
現在の門は鎌倉時代に東大寺が復興した際に再建されました。

この日は修学旅行か、遠足か、
小学生、中学生の団体さんが大勢いましたよ。

←そして、雨でも鹿は元気。
売店でおせんべいを買う人を見つけては、
このように群がります。
 




そして、大仏殿。
創建から2度にわたって焼失。
鎌倉時代と江戸時代に再建されています。
現在でも世界最大の木造建築と言われています。


正面の唐破風下の窓から、大仏様のお顔を見てみたかったのですが、
あの窓って大晦日から元旦にかけてしか開かないんですって・・・残念。


「奈良の大仏」でお馴染みですが、
正式名称は「東大寺盧舎那仏像」と言います。
聖武天皇の発願で745年に製作が開始、
752年に開眼供養会が行われましたが、
数度の焼失に会い、大部分が修復されています。

中学の修学旅行以来の大仏様。
修学旅行の記憶はほとんど残っていないのですけれどね。


そして、↑は大仏様の左右に控える、多聞天(左)と廣目天(右)。
多聞天は毘沙門天と同じ意味で、
須弥山の中腹に住み、頂上の帝釈天の喜見城を守る四天王のひとりです。
闇暗界の悪霊や夜叉を統括している神様です。
右手には宝塔、左手には宝棒を持っています。

廣目天も同じく四天王のひとり。他の四天王が甲冑に武器を所持している中、
唯一武器を持たず、筆と巻物を手にしています。

大仏様の後方に回ると大型で精密に作られた建築模型が展示されています。


昔の姿を再現した模型です。
奈良時代には大仏殿の隣におよそ70mと推定される七重塔が建っていたそうです。
何度か再建を検討されたようですが、
現在、木造建築で再現するには建築基準法に触れてしまうとの事で断念したそうです。


そして、残念ながら実物では
唐破風下の窓から大仏様のお顔が見られなかったけれど模型で実現(笑)

さて、大仏殿を後にして、つぎに目指すは二月堂です。


1667年に火災にあい全焼。
その2年後に焼失前の姿に再建され現在に至ります。



旧暦の2月に「お水取り(修二会」が
このお堂で行われるため、
二月堂と呼ばれるようになりました。

ご本尊は大観音、小観音と呼ばれる
2体の十一面観音像で、
何人も見る事が許されない絶対秘仏です。
安置されている場所があって
覗きこんだのですが、
「なんか暗くてよく分からないなぁ」
と思っていたら、
見せていなかったのですね(笑)

←お天気が良ければ大仏殿の屋根越しに奈良市内が一望できるらしいけれど、今日は残念・・・


時刻はお昼になろうとしていたので、
バスに乗って奈良駅前へ。



駅前で簡単にお昼を済ませて、
西の京町エリアへ向かうバスに乗って
薬師寺へ向かいました。
薬師寺は興福寺とともに法相宗の大本山で、
680年、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気の回復を願っい、
飛鳥の藤原京の地に建立。

平城遷都にともなって
現在の西の京町に移されました。
平成10年、ユネスコ世界遺産に登録。







↑中門の二天王像
1582年の兵火により中門と共に焼失した二天王像は、
約400年復興を見る事がありませんでしたが、1991年に復元されました。
1984年のお写経勧進により中門が復興されそれに伴う発掘調査により裸形ではなく、
武装した天王像と言う事が判明したそうです。


↑金堂
二重二閣、五間四面、瓦葺の建物で
各層に裳階(もこし)と呼ばれる庇状の屋根を付け、
見た目は4階層に見えますが、実際は2階建て。
龍宮造りと呼ばれています。
1528年、戦火に巻き込まれ他の建物と共に焼けおちてしまいましたが、
その後、豊臣家が金堂の仮堂を建設。
後に本格的な金堂の再建に取りかかる予定でしたが、
豊臣家滅亡などの事情により、400年近くも仮堂のままの状態でしたが、
ついに1976年に白鳳時代様式の本格的な金堂が完成したのでした。


↑西塔
金堂を挟むような形で西塔、東塔が建っています。
こちらは西塔。1981年に復興。高さ34m。
色鮮やかさが特徴的な西塔です。
塔の連窓に使われている色を「青(あお)色」、
扉や柱に使われている色を「丹(に)色」と呼び、
良く耳にする「あおによし」という言葉は
「青丹(あおに)良し」と書き、
「奈良」にかかる枕詞です。
当時の平城京の華やかさを表現する意味あいがあったと言われています。

東塔は残念ながら現在解体修復中。
薬師寺で唯一創建当時から現存している建物で、
1300年の歴史を持つ国宝です。
工事期間中は覆屋によって隠されその姿を見る事は出来ません。
完成は平成30年の予定です。

まずは金堂へ。
丁度、お坊さんによる薬師寺の説明が始まるとの事だったのでそちらに参加。
歴史から建築様式、仏さまの解説など
写真とユーモアを交えての説明がとても分かりやすく楽しかったです。

説明を聞き終えて、金堂の裏側に出ると、
目の前には大講堂が・・・


↑大講堂
金堂同様、裳階付きの薬師寺独自の様式。
代金堂は正面41m、奥行き20m、高さ17m。
現在の建築基準法に合わせ、現代の技法を取り入れながらも
伝統工法による復元建築で、薬師寺伽藍の中でも最大級の建物です。
中には弥勒菩薩三尊像(重要文化財)が祀られています。


↑玄奘三蔵院伽藍礼門
うっかりしてこの門の奥の玄奘三蔵院伽藍の写真がありませんでした・・・
玄奘三蔵は「西遊記」で有名な中国唐時代の歴史上の僧侶で
法相宗の始祖に当たります。
17年に渡りインドでの勉学を終え、帰国後は経典の翻訳に専念し、
瑜伽唯識の教えを究めました。

1942年、南京に駐屯していた日本軍が土中から玄奘三蔵の頂骨を発見。
薬師寺も玄奘三蔵と深い縁がある事から分骨をされ、
1991年に玄奘三蔵院伽藍が建立されました。
中には大川逞一仏師によって作成された玄奘三蔵院像が祀られています。

************************************

薬師寺を一回りしたところで、ほぼタイムアップ。
4泊5日の奈良旅行もこれにて終了となりました。
修学旅行では京都に押され気味の印象があった奈良ですが、
改めて見て回るとなかなか面白いものだと感じました。
ちょっと奈良にハマりそう・・・
今度は飛鳥の方を回ったり、
今回回り切れなかった寺院もぜひ見て回りたい、
そう思いながらの帰途に付きました。

書き終えるまでに予想以上に時間が掛かってしまいましたが、
最後までお付き合い下さってありがとうございました。


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category: 2012年GW 奈良旅行

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